比較は成長する為に必要な素材

私たちは選んで生きてきました。飲食店を選ぶ、洋服を選ぶ、美容室を選ぶ、指定席を選ぶ、たくさんの事を日々選んでいます。選ぶ側の人と選ばれる側の人がいるという事ですね。

SNSで「人と比較しない」そんな表現を見た気がします。これは自分らしく生きるという意味に近いのかな。プライベートならそうでしょうし共感します。しかし公私混同し仕事まで一切比較しない生き方をするとしたら実際どうでしょうか。目標と比較しない?競争は一種のエネルギーになる時もあるはずです。

何かと比較した時に、自分の感情が揺さぶられるとしたら、それは劣っている証拠なのかも。私は良い事だと考えています。それを糧にしてより成長出来るきっかけになるからです。

比較をしないのは楽です。自分らしく、自分は自分と我を通すのは楽です。他人の事を気にしないのは楽です。自分のメモリーの範囲内だけの成長しかありませんが楽です。

私も皆さんもそんな強い訳ではないはずです。比較するのは精神的にキツい事もあるし、悔しい想いや違う意見にイラつく事もあるかもしれない。それは他人と違う拒絶からくるものでしょうか。また劣っているから揺れるのでしょう。

つまり受け入れられない弱さから比較しない方が自分らしくいれるという事に繋がりそうてす。成長には成長痛があります。子供の頃、ひざが痛い?経験がありました。比較しないで自分らしくは、何となく今っぽいのかも。しかしそれは自分のメモリーでしか成長枠は作れない気もします。

メモリーを増やしCPUで一気回すには、やり方ではなく考え方の成長が必要です。比較は成長に必要な素材。受け入れる容量は人徳に繋がると思います。

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